文化的な生活に感激。 航星日誌 地球歴20160314

2016.03.14.Mon.11:00
名付けてみたものの、

「Camp ET2」とは何とも面白みが無いな。
もう少しマシな名前が無いだろうかと考えているが代替案はまだ出ない。

さておき、
このCampは、流石平成生まれで昭和の遺産であるCamp HIROTOMOに比べるととても快適だ。

浴室には、
「あるべきモノが無い」。

P3130904.jpg

左はもう壁なので、もう少し右を見ると、

P3130903.jpg

これより右は、もう壁なので撮っていないが、
無いのだよ。


昨日、
まだ片付き切られない荷物の整理をしながらふと考えた。


艦:一体私はこれまで、何回引越しをしたのだろうか?


生まれは大阪府摂津市。
当時は大阪府三島郡三島町だったが。

当時、私たち世代は爆発的なベビーラッシュで、
摂津市で小学校5年生に進級するときに「新設校に転校」。

5年生の5月中頃だった。

淀川の向こう岸、枚方市に引越し。
これが生まれて初めての引越しだ。

翌年、
小学校5年生から進級する際に又もや「新設校に転校」。

6年生で4月から通い始めた学校では無事に卒業。
名誉ある第1期生となった。

そのまま枚方市内の中学校進学しに通い始めたのだが、ここでは入学時に怒涛の12クラス。
更に翌年には13クラス、1年年下の新入生も同じく13クラスで

「また転校か!」

と、
心配したのだが、驚きはそれ以上のもので、

中学校2年生の12月中頃、

同級生は既に「進学」について個別面談を始めている中、

私は引越しにつき合わされた。
両親に。

今度は遠く、まず神崎川を越え兵庫県尼崎市。
更に武庫川を超え西宮市・芦屋市も通り過ぎ神戸市に入ったかと思うとまだ西進は続き、東灘・灘・葺合・生田・兵庫・長田と各区を飛ばし須磨区へ。
入ったかと思うとそこから北上し、当時須磨区の最北端と思われるとんでもないところに(私にとっては全く未知の世界)引越し。

親が曰、
「家を買ったから」

高校進学前の、
しかも、小学校5年生から中学校3年生間近と言う多感な時代によくも。

学校の授業内容は、その進め方が枚方市とは大違いで。

私は落ちこぼれた。

と言うのも、
転校した初日が「2学期期末試験1週間前」と言う絶妙にタイムリーなタイミングでしかも、

国語と英語以外、特に社会科(地理・日本史・世界史)・理科(生物・化学)は

「去年枚方で習いました、忘れています」
やら、
「まだ全く習っていません、枚方市では3年生に習う範囲です」
など。

おまけに、
キズだらけ(枚方から未開の地へ引越し、破局、傷心ダメージMAX状態)の私に、

生活指導の教師から、
生:明日、ちゃんと散髪してくるように。

当時、神戸市の中学生は「丸刈り」が校則で定められていた。

今の恐らく(総延長で)何千倍にもあったであろう長髪を、バッサリ。

泣いた。



ん?
ハナシがそれているな。( ̄▽ ̄;




ENTERPRISE Out




( ̄ロ ̄; エェ!

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